日本の国内の問題だけでなく、国際情勢・国際経済などもまったくわかっていないので、ニュースなどをときどき覗いて、今の世界・国内の現状にCatch Upしようとはしています。
が、それぞれが単体で起こっているわけではなく、複雑に絡み合っているので、なんとなくの雰囲気だけでも把握するのが困難です。
みなさんは、自分の立ち位置から世の中のダイナミックスをどのように把握していますか?
やはり、それぞれの専門家が編集して提供してくれる情報は(それぞれの立場による偏りがあるにしても)とても頼りになるものです。
僕は、作家の村上龍が編集長をしているJapan Mail Media(JMM, http://ryumurakami.jmm.co.jp/)というメールマガジンを購読しています。(みなさんもご自分の興味にあったメールマガジンをいろいろと購読されていると思います)
毎回、編集長の村上龍から経済界の専門家に『お題』が出されて、専門家達がそれに『返答する』という形式でメールマガジンは発行されています。
(気になった方は、http://ryumurakami.jmm.co.jp/を覗いてみてください。購読登録せずに過去の記事を読むことができます)
さて、前回の『お題』は、
■今回の質問【Q:1237】
イタリアのIMF監視の受け入れ、野田総理の「消費税増税」表明など、話題の多
かったG20でした。今回のG20について、所感をお聞かせいただければと思いま
す。
というものでした。
私は、IMFのことも、日本の消費税のことも、G20のこともな〜んとなくしかわかりません。
そのお題に対する信州大学の真壁昭夫の『返答』の一部がとても印象的だったので紹介します。
財政赤字の削減を実現するためには、公務員のリストラや年金給付額のカットなど、
国民が痛みを受けることが必要になります。それを拒むのであればEU等からの支援
を受けることはできませんから、最終的にはユーロから離脱することになる可能性が
高まります。国民は、「痛みを受けるのは困るけれど、ユーロ圏から出て行くことも
困る」という一種の“駄々っ子”のような状態でした。それを政治が調整することが
出来なかったということだと思います。
そうしたギリシャの姿勢に対しては、国際的に批判が集まっています。特に、ドイ
ツやオランダなどの国からは、「ギリシャをユーロから追放すべきだ」という強硬な
声も上がっています。元々、南欧諸国の国民性やカルチャーと、北欧諸国のそれとは
大きく異なっていると言われてきました。その違いを擦り合わせることは、次第に困
難になっているように見えます。(■ JMM『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』、Q:話題の多かったG20についての所感、◇回答 □真壁昭夫 :信州大学経済学部教授)
ここで、とても僕の目を引いたのは、
南欧諸国の国民性やカルチャーと、北欧諸国のそれとは
大きく異なっていると言われてきました。その違いを擦り合わせることは、次第に困
難になっているように見えます
の部分です。
日本の様にある意味非常に均一な国民性をもつ国民から見れば、南欧諸国と北欧諸国の国民性は『大きく』異なっているでしょう。
ですが、南アに住む「日本人」からみれば、「じゃ、南アのアフリカーナとイギリス系と黒人とインド系の間の国民性(民族性?)をすり合わせるのは、『無理』っていっているようじゃないか!」と思えます(笑)
成人するまで、世界的な平均(?)からみれば、『異常に均一な』国民性をもつ文化で育ち、
それから、『類まれなる多様な』民族性(国民性)をもつ国で生活しているという状況は、
とても面白いものを見せてくれます。
とくにそれは、好まざると強制的に「一緒に」活動しなくてはならない、「仕事」という場で顕著に現れます。
なぜなら、基本的に「保守的な動物」であるヒトは、もっとも基本的な「家庭」という環境はなるべく、自分が「快適(ストレスフリー)」と感じる場所を選ぶので、その集団のもつ性質がよく反映されますが、一方で、その性質を無意識に「共有」できているので、「問題」として顕在化することがないからです(と私は思っています)。
単純化に単純化を重ねて、私の南ア人の国民性の組み分けは以下の4つになっています;
マッチョなアフリカーナ、
清教徒的なイギリス系、
プライドの黒人層、
資本主義者のインド系。
同じ白人でも、アフリカーナとイギリス系は異なる国民性を持っていて、お互いある部分「共同」「反目」しています。アパルトヘイト政策下、被差別層であった黒人層とインド系ですが、民主化後のそれぞれの立場は大きく異なっています。
アフリカーナ:
開拓民としてのマッチョさが(いまだに・・・)かっこ良さの信条。「近代南アを作り上げたを本当は俺たちだ!」と大きな声で言いたいけど、ちょっと非民主的にやりすぎて(アパルトヘイト政策)、世の中が汚点を忘れてくれるまであまり大きな顔ができないでので、フラストレーションが溜まっている感じ。
正義のヒーロと思っているイギリス系:
この国の民主化(正義)を誇るとともに、民主化後の政府の没落に憂る、正義の代弁者と思っている。
南ア国民の8割の人口を占める黒人層:
「(元は)自分たちの土地であった」と主張する、誇り高き(超)貧しい民。
中には、うまく新政府(ANC)に組みいることができて、『超』リッチになった人もいるので、アフリカン・ドリームの象徴。けっして、マドンナやビル・ゲイツのような実力だけで大きくなった人たちではないのが問題。
新中流階級インド系:
「結局、コミュニティーを支えるのは経済力。それを支えるのは子どもの教育」とせっせと商売と子どもの教育に励む。
こんな構成を持つ南アでじゃぁ一体、
その違いを擦り合わせることは、次第に困難になっているように見えます
ってどうすりゃいいのよ!と笑いがこみ上げてきます。
アジア人である日本人は、言葉もうまく使えないせいか、存在(立場)を消すことが可能なようで、
それぞれの集まりにいると、彼らの本音に近い部分を聞くことができるような気がします(きがしてるだけかも)。
アフリカーナの話に耳をそばだててみると「アパルトヘイト政策下はよかったなぁ〜」と言っているように聞こえますし。
イギリス系の思いは、「やっぱり黒人には組織を公平に運営していくのは無理だなぁ〜。まず、基礎がなってないヤツと同等に働けるはずがないだろう」と言っているようです。
インド系は、「ずいぶん商売がやりやすくなった!これからはどんどん稼ごう!」と意気揚々な感じが伝わってきます。
黒人層からは、「多くの犠牲をはたいて民主化したのに、全然生活がよくならない。きっと、白人が裏で牛耳っているからだ。もっと取り返さなくては!」と本気で思っているようです。
同じ社会を見ているのに、感じ方は立場でずいぶんと違うようですねぇ。
みんな「もっと自由で豊かな」生活をしたいと思っているのは同じですが、それをどう獲得していくのかという方法は、ほぼ反対を向いている様に感じます。
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