2012年4月28日 (土)

就職しました。

日本は今日から5月の連休です。
今年の3月7日に帰国して早1ヶ月と3週間も経ってしまいました。


この度、私はプログラマーになるべく、システム開発の会社に就職いたしました。
(実は、働き始めて2週間たってます。)

今までいろんな方々に支えられてきました。
(というより、迷惑をかけてきたかなぁ〜。)

31歳のこの年まで扶養家族で、
払ったことのある税金といえば「消費税」と「酒税」だけ。
しかも、国公立の学校に大学院まで行かせてもらって、
かつ、青年海外協力隊協力隊に計3年3ヶ月も行かせてもらいました。

この日本っていうか、日本に税金を払っている多くの方々に
大きな大きな恩と借りができてしまいました。

いつかは何かしらの形で恩返しがしたいなと思い、この仕事を選びました。
(え?でなんでプログラマーなの?って思いましたね、あなた。)

右も左もわからないこの業界ですが、一日でも早く一人前のプログラマーとして、
自分が作りたいもの、知人友人・お世話になった方々のお役に立つような
ソフトウェアが作れるように頑張って行きたいと思っています。

いつの日か(僕が死ぬまでに)
コンピューターとインターネットがただの便利な道具じゃなくて、
私達人類のヒューマニティーの成長に寄与できるような道具として
使えるようなものにしていきたいと考えています。

いろいろと思うところはありますが、それはまた別の機会で
ご報告させていただこうと思います。

それではみなさま、また会えるときに会いましょうね!

Love, Peace and Big Hug,
清水明士

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2012年3月14日 (水)

帰国しました。

先週7日についに帰国しました。

多くの方々に応援していただきました。この場をかりてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

合計で3年3ヶ月の南アでの青年海外協力隊活動は、かけがえの無いものになりました。
この経験を生かし、応援してくれた方々にいつか恩返しをしたいです。

協力隊事業もそうですが、日本中世界中で助けあいが必要とされています。
支え合い・助け合いが必要とされるところへ、
早く確実に届くような枠組みができるようになることが、
これからの日本や世界の未来を決めることになるでしょう。

現在、就活中。今度は、仕事として支え合い・助け合いの枠組みを作ってみたいと思っています。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。東京へ寄られた際は、ぜひ一声かけてください。

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2012年1月23日 (月)

新しいカリキュラムはじまります

南アの新学期は1月からです。1月から学年も進級します。

南アでの夏は11月,12月,1月、2月ですから。夏のど真ん中に学年が変わるというのは日本で育った私には変わっているように感じます。でも、12月の休みに「宿題」もなく、どっぷりクリスマス休暇に浸れるというのは、キリスト教徒が多い南アでは都合が良いのかもしれません。

生徒も先生も新しくスタートした2012年ですが、南アの学校教育全体にとっても新しくスタートしたものがあります。タイトルにも書きましたが新しいカリキュラムが施行されました。対象は小学1年生から3年生と高校生です。

科学館のターゲットとなるのは高校生たちのなので、ユニズル科学館も高校物理・化学の新カリキュラムの勉強会をもちました。南アでは州の文科省の役人が一定の地域を受け持って教師に対して教育の指導・支援をしています。教育省のリージョナルマネジャーと呼ばれる人です。その人を囲って、ユニズル科学館のスタッフやダーバンの科学館のスタッフが集まって、前のカリキュラムとの変更点の紹介や質疑応答を行いました。

驚いたことに、南ア政府にはこの新しいカリキュラムの実施計画というモノが存在していないということです。いつまでに教師にだれがこのカリキュラムの普及にあたって情報を伝え、具体的な指導内容の支援を行うのか全く決まっていないのです。

今回の新しい高校の物理・化学のカリキュラムには、評価出来る部分があるそうです。まず、以前ものくらべて(中身が簡単になったのではなくて、)単純になったこと。そして、「実験」がしっかりとカリキュラムに組み込まれたこと。まずい部分は、数学単元と相互関係が考慮されていないことなどがあるようです。

さて、より単純なカリキュラムになったとはいえ、前のカリキュラムを10年も使っても理数科の基礎教育が充実してきてるとは言い難い状況では、当然「普及して充実させる」ための企てが必要なのはあきらかです。

ユニズル科学館ではこれを「チャンス」と捉えようという前向きな姿勢をとることになるようです。州の教育省も教員もほとんどは、この新カリキュラムにどう対応してよいのか右も左もわからないはず。だから、「科学館」が積極的にその「普及と充実」のためにキープレイヤーになろうということです。

この新カリキュラムがこれから何年ぐらい使われるのか誰もしりませんが、何も決まっていなからこそ、打って出るチャンスは大きいとユニズル科学館は考えています。

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2012年1月 7日 (土)

ケープタウン科学館誕生

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

この年末年始は2年ぶりにケープタウンで休暇を過ごしてきました。観光都市ケープタウンの観光力にどっぷり漬かってきました。やっぱりケープタウンはアフリカではないですね・・・・。

ヨーロッパもハワイ・アメリカも、東南アジアも飽きたという方は、ゴージャスなケープタウンにいらしてはいかがでしょうか?

この12月に新しくケープタウンに科学館が誕生しました。その名もケープタウンサイエンスセンター(http://www.ctsc.org.za/)。もともと郊外のショッピングモールの中にあった科学館が、市内に移動してきました。市当局との建物の貸し借りなどで擦った揉んだがあった末にやっと、新生「ケープタウン科学館」としてリニューアルオープンしました。

Blogtitle15_capetownsciencecentre
かつての何かの観測所(Observatory)だった建物をケープタウン市から提供されています。

Banner
12月にオープンのバナー。穴が開いているのは、風で破れないようにするためで、傷んでいるわけではありませんよ。

Floor
展示品の多くは、以前郊外にあった科学館のものが置いてあります。一部、外部からスポンサーを得て、新しい展示品がありました。展示のメンテナンスまでボランティアの手で行われています。ボランティアといってもかつての科学館の展示マネジャーを務めていた方で、経験と実力派は折り紙付きですが。今は定年されて、助っ人として活躍されています。

Legoroom
どこへ行ってもLEGOは大人気!誰もが自由に作ることが大好きな証拠ですね。

まだまだ始まったばかり、展示品は以前の科学館のものを表示を新しくして展示していますが、スタッフなどはデレクターやマネジャー以外は全てボランティア。施設もまだまだこれからといった感ありありでした。(科学隊員の派遣もありですよ!JICAさん、ご一考を!ケープタウン隊員か〜、いいな〜)

と新しいケープタウン科学館の紹介でした。

2012年も私の任期もあと2ヶ月となりました。今年は就職して社会人デビューします(きっと・・・)。本年がみなさまにとってよい一年になることを願っています。

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2011年11月13日 (日)

『(ギリシャ)国民は、「痛みを受けるのは困るけれど、ユーロ圏から出て行くことも 困る」という一種の“駄々っ子”のような状態でした。』

日本の国内の問題だけでなく、国際情勢・国際経済などもまったくわかっていないので、ニュースなどをときどき覗いて、今の世界・国内の現状にCatch Upしようとはしています。

が、それぞれが単体で起こっているわけではなく、複雑に絡み合っているので、なんとなくの雰囲気だけでも把握するのが困難です。

みなさんは、自分の立ち位置から世の中のダイナミックスをどのように把握していますか?

やはり、それぞれの専門家が編集して提供してくれる情報は(それぞれの立場による偏りがあるにしても)とても頼りになるものです。

僕は、作家の村上龍が編集長をしているJapan Mail Media(JMM, http://ryumurakami.jmm.co.jp/)というメールマガジンを購読しています。(みなさんもご自分の興味にあったメールマガジンをいろいろと購読されていると思います)

毎回、編集長の村上龍から経済界の専門家に『お題』が出されて、専門家達がそれに『返答する』という形式でメールマガジンは発行されています。
(気になった方は、http://ryumurakami.jmm.co.jp/を覗いてみてください。購読登録せずに過去の記事を読むことができます)

さて、前回の『お題』は、

 

■今回の質問【Q:1237】
イタリアのIMF監視の受け入れ、野田総理の「消費税増税」表明など、話題の多
かったG20でした。今回のG20について、所感をお聞かせいただければと思いま
す。

というものでした。

私は、IMFのことも、日本の消費税のことも、G20のこともな〜んとなくしかわかりません。
そのお題に対する信州大学の真壁昭夫の『返答』の一部がとても印象的だったので紹介します。

財政赤字の削減を実現するためには、公務員のリストラや年金給付額のカットなど、 国民が痛みを受けることが必要になります。それを拒むのであればEU等からの支援 を受けることはできませんから、最終的にはユーロから離脱することになる可能性が 高まります。国民は、「痛みを受けるのは困るけれど、ユーロ圏から出て行くことも 困る」という一種の“駄々っ子”のような状態でした。それを政治が調整することが 出来なかったということだと思います。

 そうしたギリシャの姿勢に対しては、国際的に批判が集まっています。特に、ドイ
ツやオランダなどの国からは、「ギリシャをユーロから追放すべきだ」という強硬な
声も上がっています。元々、南欧諸国の国民性やカルチャーと、北欧諸国のそれとは
大きく異なっていると言われてきました。その違いを擦り合わせることは、次第に困
難になっているように見えます。(■ JMM『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』、Q:話題の多かったG20についての所感、◇回答 □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授)

ここで、とても僕の目を引いたのは、

南欧諸国の国民性やカルチャーと、北欧諸国のそれとは 大きく異なっていると言われてきました。その違いを擦り合わせることは、次第に困 難になっているように見えます

の部分です。

日本の様にある意味非常に均一な国民性をもつ国民から見れば、南欧諸国と北欧諸国の国民性は『大きく』異なっているでしょう。

ですが、南アに住む「日本人」からみれば、「じゃ、南アのアフリカーナとイギリス系と黒人とインド系の間の国民性(民族性?)をすり合わせるのは、『無理』っていっているようじゃないか!」と思えます(笑)

成人するまで、世界的な平均(?)からみれば、『異常に均一な』国民性をもつ文化で育ち、
それから、『類まれなる多様な』民族性(国民性)をもつ国で生活しているという状況は、
とても面白いものを見せてくれます。

とくにそれは、好まざると強制的に「一緒に」活動しなくてはならない、「仕事」という場で顕著に現れます。

なぜなら、基本的に「保守的な動物」であるヒトは、もっとも基本的な「家庭」という環境はなるべく、自分が「快適(ストレスフリー)」と感じる場所を選ぶので、その集団のもつ性質がよく反映されますが、一方で、その性質を無意識に「共有」できているので、「問題」として顕在化することがないからです(と私は思っています)。


単純化に単純化を重ねて、私の南ア人の国民性の組み分けは以下の4つになっています;

マッチョなアフリカーナ、
清教徒的なイギリス系、
プライドの黒人層、
資本主義者のインド系。

同じ白人でも、アフリカーナとイギリス系は異なる国民性を持っていて、お互いある部分「共同」「反目」しています。アパルトヘイト政策下、被差別層であった黒人層とインド系ですが、民主化後のそれぞれの立場は大きく異なっています。

アフリカーナ:

開拓民としてのマッチョさが(いまだに・・・)かっこ良さの信条。「近代南アを作り上げたを本当は俺たちだ!」と大きな声で言いたいけど、ちょっと非民主的にやりすぎて(アパルトヘイト政策)、世の中が汚点を忘れてくれるまであまり大きな顔ができないでので、フラストレーションが溜まっている感じ。

正義のヒーロと思っているイギリス系:
この国の民主化(正義)を誇るとともに、民主化後の政府の没落に憂る、正義の代弁者と思っている。

南ア国民の8割の人口を占める黒人層:
「(元は)自分たちの土地であった」と主張する、誇り高き(超)貧しい民。
中には、うまく新政府(ANC)に組みいることができて、『超』リッチになった人もいるので、アフリカン・ドリームの象徴。けっして、マドンナやビル・ゲイツのような実力だけで大きくなった人たちではないのが問題。

新中流階級インド系:
「結局、コミュニティーを支えるのは経済力。それを支えるのは子どもの教育」とせっせと商売と子どもの教育に励む。


こんな構成を持つ南アでじゃぁ一体、

その違いを擦り合わせることは、次第に困難になっているように見えます

ってどうすりゃいいのよ!と笑いがこみ上げてきます。

アジア人である日本人は、言葉もうまく使えないせいか、存在(立場)を消すことが可能なようで、
それぞれの集まりにいると、彼らの本音に近い部分を聞くことができるような気がします(きがしてるだけかも)。

アフリカーナの話に耳をそばだててみると「アパルトヘイト政策下はよかったなぁ〜」と言っているように聞こえますし。

イギリス系の思いは、「やっぱり黒人には組織を公平に運営していくのは無理だなぁ〜。まず、基礎がなってないヤツと同等に働けるはずがないだろう」と言っているようです。

インド系は、「ずいぶん商売がやりやすくなった!これからはどんどん稼ごう!」と意気揚々な感じが伝わってきます。

黒人層からは、「多くの犠牲をはたいて民主化したのに、全然生活がよくならない。きっと、白人が裏で牛耳っているからだ。もっと取り返さなくては!」と本気で思っているようです。

同じ社会を見ているのに、感じ方は立場でずいぶんと違うようですねぇ。

みんな「もっと自由で豊かな」生活をしたいと思っているのは同じですが、それをどう獲得していくのかという方法は、ほぼ反対を向いている様に感じます。

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2011年10月28日 (金)

FOSST Discovery Centre Handover Ceremony

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2011年10月25日に、フォーテア大学科学館(FOSST Discovery Centre、以下FOSST)の建物の改修工事が終わり、公式なオープニンセレモニーが行われました。この建物の改修は、日本大使館の行なっている「草の根資金協力」の支援(約500万円)を受けて行われました。

(FOSSTには山猫さん(2008年6月から2010年6月まで)と私(同月から2010年9月まで)が派遣されていました。)

山猫さんのブログ改築スタート。(2010年5月8日付け、山猫 in 南ア)によると、申請したのが2009年1月、工事が始まったのが2010年5月です。申請から2年10ヶ月。改修工事が始まってから1年5ヶ月かかりました。

改修前の内部

改修後の内部:展示室
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展示品を並べたら、こんなふうになりました。
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改修された建物には、展示室(上の写真)や階段状になった講堂(下の写真)の他に、実験室、コンピュータールーム、スタッフルームなどがあります。
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実験器具やコンピューターは、これからスポンサーを探して徐々に整えていくことになるでしょう。

>山猫さん
やっとできました!山猫さんご自身でいつかご覧になってくださいね。


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2011年10月 6日 (木)

ありがとう、スティーブ・ジョブス

10月5日にApple Computerの創始者の一人、スティーブ・ジョブスが亡くなりました。

僕のはじめてのPCもMacでした。今もMacBookを使っています。自分で買ったコンピューターはこの2つです。

僕にとっての真のイノベーターでしたし、憧れの人でした。かっこ良かったです。

彼と同時代に生きることができ、また彼のイノベーションを肌で感じることができたのは、素晴らしい体験でした。

ありがとう、スティーブ。安らかに眠りたまえ。


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2011年9月25日 (日)

「まともな教育」の水準は?

僕が高校生だった頃、物理の先生は自分で作った物理実験セットで、授業中になるべくたくさんの実験を生徒にさせていたのを覚えています。

弁当箱サイズのプラスチックケースに整理されてしまわれている、磁石やクリップ、方位磁石などのパーツを組み合わせることでさまざな実験したことを今でも覚えています。その多くは先生の自前だったそうですが、開発については先生ご自身でされたのかは忘れてしまいました。

いち公立高校の物理の教諭が、授業での快適な実験環境をととのえているという基礎的なコンデイションを思うと、こいうところに日本の基礎理科教育の底力を私は感じます。みなさんはいかがでしょうか?(まぁ、私の個人的な経験にもとずく感想にすぎませんが・・・・)

私は教員(学校の先生)になろうと思ったことはないですし今も思っていませんが、南アの地方大学付属科学館で地域の生徒相手に理科教育の場の運営に関わっている日常ゆえに、自然と基礎理科教育の充実というテーマに興味を持つようになりました。

おそらくこれからアフリカの国々などが、地下資源に対する海外から投資が入ってきたり、資源の輸出で国庫が豊かになったりすることで、途上国から脱却をしはじめる国も出てくるでしょう。

そこで、産業で必要な労働力を育成するための、基礎理数科教育の充実は大事な国家政策になるとともに、理数科の基礎リテラシーが「思い込み」や「習慣」から脱して、市民が合理的な政治的判断を行えるようになる1ステップになると思っています。

最近、小学校と高校の先生と話す機会がありました。
「1992年にアパルトヘイトが終わって19年の年月が発ったので、そろそろ大学の教育学部で正規の理数科教育のトレーニングをつんだ若者が学校へ配属され始める頃でしょうか?彼らが南アの田舎の学校にくまなく配属され、教育水準が上がり、実質的に生徒の学習能力の向上に貢献するには、あとどれくらいの時間が必要ですか?」と質問しました。

その返答は、「まったくよくなってはいないし、よくなる兆しはいまのところあるようには見えない」というものでした。お二人とも白人ですし、いわゆる南アの水準にしたら「よい学校」の先生なので、求めるものが高いからかもしれません。ですが、「明るい兆し」をそもそも感じていないということに僕は驚きました。

南ア政府が地方大学に「科学館」の設置に取り組んでいるのも、必要最小限の教育を受けた若い先生経ちが、「まともな」授業を学校で行うまでの「つなぎ」としての役割を科学館に期待しているからだと、私は理解していたので随分ガッカリしました。それと同時に、インフォーマルな理数科教育の場としての「科学館」の責任がより重大にであるということに他ならないわけです。

そもそも「まともな」教育は学校で提供されるべきです。それが崩壊している場合、一体だれがそれを担うのでしょうか?

意外と日本も人事とは言ってられないかもしれません。それぞれの地域、国によってコンテクストは違います。求められる教育水準や育成される人材の質や量もそれぞれです。日本のように「成熟」し「少子高齢化」が急速に進む集団では、国を支えるために必要な生産性は途上国のそれとは比べものにならないほど高いものが求められます。(すべてにカネがかかるからですが・・・。)「まとも」も地域や国によって異なってきます。

私たちを支えるだけの「まとも」な教育とはどのように計られるものなのでしょうか?


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2011年9月18日 (日)

「自信」と「共感」@科学館

第6回科学館世界会議の幾つかのセッションでは、科学館の役割やその科学館で行なっているプログラムの意味と実践結果/社会へのインパクトなどが紹介・議論されていました。

当然ですが、科学や技術に対する興味の促進、深い理解の場の提供、地球温暖化や貧困問題などのグローバルな問題の理解と感心の促進や国連ミレニアム開発目標の目標2「普遍的初等教育の達成」(2015年までにすべての子どもに初等教育全過程を修了させる)など、一般的にフォーマルな教育現場(学校)ではない、インフォーマル/ノンフォーマルな教育の場として、「科学・技術」の関心・理解促進、「地球規模の問題」へより積極的に取り組んで行こうというメッセージが発せられていました。

「科学教育」、「科学・技術と社会問題」など科学館が一般的に扱うテーマでない分野も同時に強調されていました。私にはとても意外だったのですが、科学館の役割として「自信をつけさせる」「他者や自然への共感を促す」という、心理学というか、心の発達に積極的にコミットする責任があるという発表者が少なからずいました。

「自信」はそれぞれの人が自発的に考え行動するための基礎能力で、それを若いうちにしっかりと身につけることが、その個人とコニュニティーにとってとても大事である。そのためにインフォーマルで「理科教育」の場である科学館の役割が大きいというのです。

「どうしてか?」(大事なところですが・・・)聞き取れなかったので、以下は私の思うところを書きますが、「科学」や「技術」は一般的に「知識」として学ばれるものだと考えられています。同時に「(自分で)考える」という態度・世界の見方・スキルのことでもあると思います。基礎的な「考える」技術を身につけている人といない人では、自身の人生やコミュニティーへの貢献に大きな違いがでてくるのは容易に想像がつきます。

科学館では一般的な学校教育とは違い、「実体験」を重視した学びや、一人学ぶだけでなく二人以上の人との議論や共同作業を通して気づきを促す工夫がされているプログラムや展示が提供されています。自らの実体験を通じて学んだことや気づいたことは、単なる「知識」ではなくて、心と体が納得して見に染み込んだ「技」として獲得されて、それが「自信」につながるというのではないでしょうか。

展示室の解説員もパズルやHandsOn展示品に取り組む子供たちに「答え」や「理論の説明」をなるべくせず、「考え方」のヒントや「気づき」を促すよう心がけていると聞きます。それも挑戦して自ら答えや気づきに至る成功体験を得てもらうことを重視していると考えられます。

「地球温暖化」や「貧困問題」も情報や理論だけでは実はあまり意味がないように思います。その惨状にある「他者や世界への共感」が「行動」へと結びつける大事な動機となるからです。
日本にいては正直その惨状を現実感をもつことは困難なことです。「人の気持ちや立場を察する能力が飛び抜けて高い(と私は思っています)」日本人ですら、インターネットやテレビで伝えられる情報だけではリアリティをもつことが困難で、共感をもって行動することが稀だとしてたら、人々の関心がいかなるものかは想像に難くないですね。(そうい意味では、若い人が協力隊として違う場所からさまざまなもを実体験するのは貴重なことかもしれません)

「実体験」をとおして「心と体で感じて」考えることが、インフォーマルな教育の場としての科学館の能力を最大限に生かすことができる、そいう責任があるということなのだろうと私は理解しました。

'Hands On, Minds On and Hearts On"
オーストリアにあるこども科学館の館長さんの最後のスライドに書いてありました。

科学や技術は「冷たい」イメージがありますが、実は人間の世界への見方・接し方・コミットの仕方の歴史がぎっしりと詰まっています。諸刃の剣であるそれらを、どう使うかは、「自信」と「共感」をみにつけた者にしかできないのかもしれません。明るい未来をつくる子供たちにはそういう人達になってもらいたいですね。

個人的な体験を最後に。南アでの生活では、英語での会話にとても苦労しています。私は自他共に認める「おしゃべり」だと思っています。だから思うように自分の言いたいことを言えないのは、とても「自信」を削ぐものだということが、協力隊をして現地で活動してみてよくわかりました。

しっかりした「自信」のない人が困難にぶつかると、「自己否定」か「他者否定」かのどちらかをするのではないでしょうか。自分を攻撃することで自分を蔑んでも、他者を批判して孤立するにしても、いいことはないです。他者や世界の「共感」がなくして、協力も理解もできません。

実体験をとおして気づき、自ら考え・感じて、行動する人になるためには、「自信」と「共感」がとても重要な基本的素養だということがよく分かって来ました。そいう意味で、「科学館」の役割としてよく考えていきたいテーマです。

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2011年9月 8日 (木)

6th Science Centre World Congress

LOGO of 6th Science Centre World Congress

10月4日から8日までの5日間の日程で、第6回科学館世界会議(←でいいのかな?)がケープタウンで開催されています。

僕はいっかいの科学館スタッフとして活動している協力隊に過ぎませんが、「せっかくの機会だから」と配属先のUNIZUL Science CentreとJICAから支援を受けて、会議に参加させてもらっています。

会議の内容の雰囲気は概して「大きな話」、
科学館の役割
科学館運営の問題と可能性
新しい技術(SNS)の利用の可能性
地域・広域・大陸・国際的ネットワークの構築とその成果
などについてが多いです。

参加者も世界各地の科学館のデレクター、地域ネットワークのコーディネーター、科学教育とUNや国際的な科学教育政策を専門とする大学教授など、比較的管理・運営など高次なガバナンスに関わってる人がほとんどのようです。

もちろん、ホスト国の南アからは以前にも紹介した南アを代表する科学館から一般スタッフも多数参加しています。南アの科学館で活動する僕にとっては、近い環境で活動する人々を知り合いになれるまたとない機会となりました。

会議に参加して、個人的に感じたことは「発展国」と「途上国」における状況の果てしない格差というか状況の違いです。

あるセッションでは、今ものすごい勢いで発展しているフェイスブックやツイッターを始めとするソーシャルメディアをどのようにして集客やインタラクティブでコラボレイティブな展示として利用するかという可能性や実際の利用状況などが紹介されました。

一方のセッションでは、HIV/AIDSに関する啓蒙・教育がどれほど緊急課題:死活問題(Matter of Life)であり、そのために地域の科学館や果たす役割が重要なのかを訴える発表がありました。

科学館の存在意義としての「科学教育」や運営の「継続性」というテーマは同じでも、現場で直面している問題の違いの大きさに正直びっくりしました。

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